管理人のコメント(警告!ネタバレあり)
グーテンターク!今回はドイツ映画だ。
邦画としてリメイクされているしツタヤの名作100選にも選ばれているので、知っているかも知れないが、一応簡単にあらすじを紹介しておく。
真面目なルディと不真面目なマーティン、正反対の二人の共通点は死期が近いということ。そんな中ルディが海を見たことがないことが分かり、二人で海を目指すという物語。
ラストシーンで、マーティンが「ルディ、話があるんだ」、対してルディ「分かってる。僕が言うよ。何も怖くないさ」という台詞があるのだが、これ以降台詞はない。なぜ「分かってる」のか。「僕が言う」と言っていたので本当に何か言ったけれどそのシーンはあえて私らには見せなかったのか、それともすべてを理解したので言わず仕舞いだったのか。
大学時代に「『情報』と『情報に関する情報』両者があって初めて相互のコミュニケーションが成り立つ」と教わったのだが、残念ながら『情報に関する情報』を知るルディと違い、私にはマーティンが言わんとしていることが分からなかった。「死ぬのが怖い」と言いたかったのか。それとも「お袋によろしく言っておいてくれ」と言いたかったのか。後者なら「僕が言うよ。」の台詞と辻褄が合う。
ところで、ドイツ映画と言えば他には『点子ちゃんとアントン』を見たことがある。その際、ドイツ事情も少し学んだのだ。それが「ドイツは北の一部しか海に面していなく、海は少し特別なもののようだ」ということと「二週間まとまった休みをとらなくてはいけないという『休暇法』がある」ということ。
その地形ゆえなのか、この作品でも『点子ちゃんと~』でも海のシーンで終わっており、ドイツ人は海に「果て」「終わり」のようなイメージを抱いているであろうことが覗える。また、休暇法で定められた二週間の休暇を利用してしか海へ行けないことから、「安息の地」というイメージもあるのではないか。『点子ちゃんと~』でも仕事からの解放感を表現している。
以上の、『点子ちゃんと~』の雰囲気、地形、休暇法など、それらの『情報に関する情報』を知ったとき、この作品が走馬灯のように思い出され、何かがぴったりとはまった感覚がした。鳥肌が立った。一気に大好きな映画の仲間入りを果たした。
この感覚を言語で表すのは限界がある。2人の生きざまを見てこれを体感してほしい。